海馬と大脳皮質―記憶に関する働き
ちなみに海馬は、その形がタツノオトシゴ(漢字で書くと「海馬」)に似ているため、そう名付けられました。
ここでは記憶を大脳生理学の面から、記憶に密接に関係する海馬に関してその働きを説明していきます。
記憶にかかわる海馬の細胞は、よく使うと増える
私たちが得た情報が大脳皮質に保存されているということは、だいぶ前からわかっていました。と同時に、海馬が何らかの形で記憶に深くかかわっているらしいことも、意外に古くから知られていました。
それは1957年にアメリカで、あるてんかん患者の脳手術が行われたことによって発見されました。今ではてんかん患者に脳を切り開く手術は行われませんが、当時は当たり前のように「脳の悪い部分(?)」を取り除く荒業が行われたのです。そして、運悪くこの患者さんは海馬を含む脳の一部を切除されてしまいました。そして、彼は新しいことが覚えられなくなったばかりでなく、手術前11年間の記憶も失ったのです。
それから約半世紀後の2000年に、脳科学の常識を覆す大発見が発表されました。それは、イギリスの認知神経学者マグワイアが、ロンドン市内のタクシードライバー16人の脳の構造を調べ、普通の人よりも海馬の神経細胞の数が多いという事実をつきとめたのです。
脳の研究者にとって何が衝撃的だったかというと、それまで「脳細胞は死滅していくだけで、決して増えることはない」という学説が常識だったからです。マグワイアの研究では、複雑なに入り組んだロンドン市内の道路で30年間タクシーを運転していると、3パーセントも海馬がふくらむというものでした。
海馬は一時ファイル、大脳皮質に長期保存する
海馬は大脳辺縁系という脳の深いところにある小さな器官で、大脳全体の脳細胞が約1000億個といわれるのに対し、海馬はその1万分の1の1000万個にすぎません。まさに少数精鋭ともいえるこの海馬が、毎日の暮らしの中で見聞きし、五感で得たさまざまな情報をすべて整理し、いったん「一時ファイル」として保存するのです。
目、耳、鼻、口、皮膚から入ったあらゆる感覚情報は、いったん大脳皮質を経由して海馬に短期記憶として入った後、一時ファイルされたその一部は、大脳皮質に移されて長期保存されます。つまり、入ってきた情報を覚えておくべきかどうかの判断が、すべて小さなタツノオトシゴに似た器官にゆだねられているのです。
しかし、その後の研究で記憶に関して、海馬に強い影響を与えているある器官があることが分かってきました。それは意外にも、人間の深い情動や喜怒哀楽の感情をつかさどっている扁桃体(へんとうたい)だったのです。
トップへ HOME