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“渡辺式”の生みの親、井上円了の記憶術

 私(高山)が最初に目にした記憶術の本は、渡辺剛彰著「実用に役立つ記憶術」(ひかりのくに=1975年初版発行)ですが、その中に父親が記憶術を考案したという話とともに、明治の仏教哲学者・井上円了博士の研究からヒントを得たことが載っています。

 
 井上円了は東洋大学の前身である哲学館を設立した人ですが、民衆の迷信を打ち破るために「妖怪学講義」という本を書き、妖怪博士として有名でした。

 この妖怪博士は教育にも熱意を持っていて、欧米の記憶術に注目し、それを教育に生かそうと研究を始めました。資料を取り寄せて研究した博士は、記憶術が連想力を利用したものであることを知り、さっそく大学生十数人を実験台にして自分の研究の有効性を試しました。

 渡辺本によればそれは、時計の数字版に似たものを用意し、数字の順番に合わせてその場所に短文を入れて連想するというものでした。短文は、

 ①高野山は弘法大師の開くところなり
 ②哲学は諸学の王なり
 ③甲乙両軍川中島に戦う
 …(以下略)

というものでしたが、通常の暗記法の3倍の効果があったとされています。

円了博士の「記憶術講義」はレベルの高い本

 しかし、渡辺本がこのことをもって「日本の記憶術の創始者は井上円了だ」としているのは何かの間違いではないか考えられます。なぜなら、円了博士の「記憶術講義」という本が出版されたのは明治27年ですが、その前から今日の記憶術とまったく変わりないレベルの解説書が翻訳本も含めて何冊も出版されており、基礎結合法の原型となったギリシャのシモニデスの方法も、その名とともにすでに公になっていたのですから…。

 また、円了式の「時計の数字版に似たものを利用する記憶法」を発展させて渡辺剛彰の父、彰平が記憶術を編み出したとする点も、疑問とせざるを得ません。

 明治27年と渡辺父子の時代には長い年月があり、円了博士の記憶術に関する資料が残っていたとすれば「記憶術講義」という本そのものである可能性が極めて高いからです。もちろん、「記憶術講義」は先の時計の数字版もどきのようなものではなく、西洋の標準的な記憶術と同じレベルのものであったはずです。

 そもそも昭和の初期には世界一の記憶術家と謳われた石原誠之という人が出ていますし、記憶術は大道芸としても脈々と受け継がれていました。「円了の数字版」以上のものはいくらでも手に入ったはず…。

 二重にも三重にも奇妙なのは、円了博士を日本の記憶術の創始者としておきながら、父・渡辺彰平が実験を重ねて記憶術を考案したと述べ、さらに文字通り一子相伝で受け継いだその息子が創始者だとしている点です。弁護士であった剛彰氏は後に自ら「ワタナベ式記憶術の創始者」と修正していますから、「日本の記憶術の創始者」は出版社が販売政策上の都合で作り上げた神話だと考えられます。

 いずれにしても、そのことで彼が記憶術普及の最大の功労者であることが揺らぐことはないでしょう。ただ残念なのは、渡辺本を出発点として記憶術を身につけた人たちが、「○○式記憶術」と自分の名前を冠していることです。

 最後に話を井上円了にもどすと、明治時代に多くの記憶術本が出る中で、博士号を持つ高名な哲学者が本を出したことは、とかくうさん臭い目で見られがちな記憶術への信頼性を高めたことは確かでしょう。

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