文章上達講座(エッセイ・随筆・小論文の書き方)●同人誌、投稿、懸賞作文応募など楽しみが広がります。
文章上達のポイントは山ほどありますが、それぞれの個人に合った上達のツボは皆違います。
本講座の文章添削を通じて私は、あなたの長所を伸ばし、短所を改善するマンツーマンのコーチに徹するつもりです。文章が苦手な方から、文章を書く仕事をしたい方まで、私にお任せください。 |
文章講座講師 高山 瞭 |
文章上達 5つのヒント
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高山 瞭(たかやまあきら) |
自分の手を離れた文章は、永久に消せない
あなたは文章の怖さを自覚していますか?
会話やスピーチと違って、文章は何度でも読めるのが特徴です。耳から聞いたものは聞き逃すこともあれば、忘れ去ることもあります。ところが文章はいつまでも“証拠”として残りますから、うっかりしたことは書けません。
事実を確かめずに書いたり、偏見や思い違い、一時的な感情などで書いたりすると、読み手を不愉快にさせることになります。その文章がもしも私信だったら、もう取り返しがつきません。
また、日本語として不完全な文や幼稚な文章、論旨が支離滅裂な文章も、その人の知性や教養が疑われ、得することは何もありません。
逆に、ことさら難解な漢字や観念語を多用したり、気取った言い回しを好んで使ったりすると、今度は読者をしらけさせたり、反発を招いたりすることになります。一生懸命、褒められようと思って書いた文章で、人間性まで疑われてはたまったものではありませんね。
文章には、人の感情や考えを変える力がある
この世で書かれた文章の大半は、毒にもクスリにもならないものかもしれません。
しかし、一部の文章に人を不愉快にするものがある一方で、人を楽しくさせる文章もたくさんあります。
文章を書きたいと思う人は、文章を書くこと自体を楽しめる人です。自分自身が読者としても楽しんでいるわけですが、それが他の読者にとっても楽しいものなら、その文章は成功です。それだけ文章は、書き方次第で人の感情を変える力を持っているのです。
文章の力は、人を楽しませ、和ませるだけではありません。説得力のある文章は、読者に勇気を与えたり、考え方に影響を与えたりする力を持っています。ときにはその文章によって、すぐに行動を起こす人さえいます。
文章がプラスの影響を持つか、マイナスの影響を持つか、それは中身にもよりますが、文章の書き方が鍵を握っていることは確かです。
作文は国語ではなく、芸術科目である
学校で作文を書くのは国語の時間と相場が決まっています。これに疑問を持っている方はあまり多くないでしょう。
でも、表現という面からいえば、作文はむしろ芸術ではないでしょうか。大人の感覚でいえば、作文はエッセイに近いものです。エッセイは日本特有の文芸ですから、作文を芸術科目といってもおかしくありません。
学校で習う芸術科目には音楽と美術がありますが、音楽が苦手な私には、文章は絵画に近いと感じます。
音楽には五線譜があり、音階、リズム、和音などの体系だった理論が構築されています。楽器を習うにしても、最初はきわめて基本的なことを繰り返し練習しなければなりません。
約束事が多すぎる音楽に対して、絵画は何をどう描こうがまったく自由です。
もちろん、絵画にもデッサンや構図、色彩、質感などさまざまな要素があります。本格的なデッサンの勉強をしようとすれば、ピアノを習うのと同じような厳しいトレーニングが必要でしょう。それでもなお、絵画はだれにも描け、技術的レベルに関係なく、表現の喜びを満喫することができます。これは文章にそのまま当てはまります。
文章は実用的な側面を持っていますから、文芸作品以外の文章は「芸術」と思えないかもしれません。しかし、表現なしでは成り立たないという意味で、絵画や書道、陶芸、手工芸などと同じように芸術なのです。
前の文の足りないところを補うと、文章ができる
文章を書きながら、途中で行き詰まってしまったことはありませんか?
たとえていえば、外出先で道に迷った、あるいは行き先を一時的に忘れてしまったという状態でしょうか。だれにもあることです。こうした場合、たいていは道を引き返すと解決します。
文章というものは、どんなに感情的で、論理的とはいいがたい文章でさえも、文と文とをつなぐ何らかの「論理の糸」で構成されています。たとえばこんな文があったとします。
うかつにも私は、その写真を見るまで、自分の体型がメタボであることに気づかなかった。
この文はまだ完結していません。わからないことがありすぎるからです。「うかつにも」とか「その写真」という言葉が唐突に出てきます。わかったことは、「私」の肥満体型がテーマにかかわっているらしいということだけです。
読者は当然、次に、「私」が前から肥満であった事情や、「その写真」のいきさつについての説明を期待するはずです。ですから、それに続く文が、次のようになることはありえません。
うかつにも私は、その写真を見るまで、自分の体型がメタボであることに気づかなかった。
沖縄旅行で撮りまくったスナップ写真を、みんなで楽しく見た。私のうかつさは子供の頃から治らず、この間も大失敗をしてしまった。
2番目と3番目の文にも、「写真」とか「うかつ」という共通のキーワードがあるにもかかわらず、前の文とは別世界に突入しています。このように単に文を羅列しただけのものは、文章とはいいません。
文章とは前の文の不足を補い、疑問点を解消する形で発展してゆくものです。さらに、次の文で新たな疑問点が生まれ、次に続く文を要求する。それが文章の流れというものです。
先ほどの文のその後の展開例を一つ示しておきましょう。
うかつにも私は、その写真を見るまで、自分の体型がメタボであることに気づかなかった。
これまで周囲から「おなかが出てきたね」と何度か言われたのに、その都度「標準の範囲内だ」と胸を張っていたのである。家に鏡がなかったわけではない。体重計がなかったわけでもない。しかし…
文章の技術は、真似ながら自分で発見する
文章本は意外にたくさん出回っています。大きな書店のある一角に足を運べば、「文章の技術」「文章術」「文章の技」「文章上達」「文章教室」「文章読本」なる文字が目に飛び込んできます。名前は似ていても、内容は千差万別。選ぶのに迷いそうですが、どのような角度から論じようが、間違ったことは書いてありません。たぶん。
ただし、文章の本を一冊読んだからといって、すぐに文章がうまくなるわけではありません。書かなければ文章は上達しないのです。なにしろ文章は「理屈」ではなく、「芸術」ですから。
文章の上達度は、書いた枚数とある程度は比例するでしょう。
ただし、やみくもに書けばよいというものではありません。まずは自分の気に入った文章をお手本にし、構成や展開法、レトリックなどを真似てみるのがよいでしょう。「お手本」はできるだけ簡明で、飾り気のない文章を選ぶようにします。
画家の卵たちは昔から、巨匠の絵を模写して技術を盗んだと聞きます。絵の模写はかなりの技量が要求されますが、文章の模写は簡単です。書き写せばよいわけですから、だれでもできます。自分で名文を書いているつもりになって、原稿用紙に書き写してみるのも、文章修行の一つです。私も学生時代の一時期、これを実践しました。
書き終えたら、味わいながら読んでみてください。読む度に、新しい発見があるかも知れません。
自分の文章の長所・短所はわからない
文章を書くのに最も時間を費やすのは、書いている文章を読んでいる時間かもしれません。書きながら読み、読みながら書く。いったん書き上げたあとも推敲し、書きなおしてはまた読む…。
一応の完成を見た直後は、自分自身に酔っていますから、文章を客観的に見つめることはなかなかできません。それは文章で飯を食っているプロとて同じことです。少なくとも一晩は作品を寝かしておくのが、より完成度を高めるコツです。たいていの場合は、蛇足に類する文が見つかるはずです。また、舌足らずで、よく読まないとわかりづらい箇所も出てきます。
素人の方は、推敲が苦手かもしれません。自分の文章を何度読み返しても、どこが悪いのかわからない。あるいはそれがわかっても、どう直してよいのかわからない。文章を書き直しているうちにかえって悪くなる…。
そんな方への文章上達の処方箋が「文章添削講座」です。
「高山瞭の文章講座」では、添削のみを気軽に受けることができます。若手編集者やコピーライターの卵たちを実践的に指導してきた経験を生かして、ていねいに上達ポイントを指導します。 |
添削+ワンポイント・レッスン+上達法アドバイス
当文章講座では、次の3つの添削専門コースを用意しています。
@お試し1回コース
A3回添削コース(期間は標準3ヶ月、修了6ヶ月以内)
B8回添削コース(期間は標準8ヶ月、修了1年2ヶ月以内)
いずれのコースも教材・テキストは付いていませんが、送られてきた作品に対して単に添削をするだけではありません。その人の文章力をさまざまな角度から分析し、その文章の弱点を克服するために最もふさわしいワンポイント・レッスンをつけてお返しします。さらに、受講生の文章力のレベルや個性に合わせた上達法を、適宜アドバイスいたします。
つまり、「対症療法」と「体質改善」を同時に行うわけです。これによって、あなたの文章力は短期間で飛躍的に向上するでしょう。
文章添削講座3コースのご案内
添削回数によって次の3コースに別れています。添削課題はエッセイ(随筆)、小論文のどちらも選択でき、また両者を混合して選ぶこともできます。
「文章を書きたいけど、自信がない」
「文章の添削って、どんな感じなのか知りたい」
当講座では、そんな方のために「お試し1回コース」を用意しました。あなたのお好きなテーマで、随筆または小論文を書いて、送ってください。ていねいに添削したうえで、ワンポイント・レッスンやあなたの現状に合わせた文章上達アドバイスを添えて、お返しします。
→「お試し1回コース」の詳しい内容へ
ひとまず3回、文章添削を受けて、効果を確かめてみたいという方におすすめのコースです。第1回は原稿用紙2枚以内、第2回は3枚以内、第3回は4枚以内でまとめていただきます。テーマは随筆、小論文のどちらからも自由に選択できます。
→「添削コース」の詳しい内容へ
「書きたい題材はたくさんある」という方、あるいは、「この際、本格的に文章修行をしてみよう」という方におすすめのコースです。添削課題は8回あり、随筆、小論文のどちらからも好きなテーマが選べます。「800字以内」から「2000字以内」まで、書く量を段階的に増やしていくとともに、さまざまな題材で書くことにより、安定した文章力がついてきます。
昔から「継続は力なり」といわれますが、特に文章は書き続けることが大切。添削課題を受ける立場に身をおくことによって、集中と継続がほどよくでき、よい結果が生まれるでしょう。
→「添削コース」の詳しい内容へ
エッセイと随筆、小論文の違いについて
エッセイは随筆と訳されますが、両者にはニュアンスの違いが多少あります。
随筆は、思いつくままに自由な形式で書いた散文のことで、日本では文学の一形式として昔から親しまれてきました。歴史的に残る随筆の代表作品として、清少納言の「枕草子」と吉田兼好の「徒然草」がよく挙げられます。
特に、徒然草の冒頭、「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば…」はあまりに有名で、このままで随筆の定義になっています。
一方、エッセイは十六世紀に出版されたモンテーニュの著書「随想録」を起源とするのが定説で、フランス語のエセイユ(試みる)の名詞形「エセー」に由来します。当時、文芸のジャンルにエッセイに類するものはなく、モンテーニュが初めて、「主観的で私的な事物の考察と、内面の探求」を書く試みをしたとされます。
起源だけでみると、エッセイは随筆とあまり変わりないように見えますが、ヨーロッパには「エッセイ」という文学ジャンルはありません。本家のフランスではその後、「エッセイ」があまり発達しなかったのです。
随筆とエッセイのもう一つの違いは、エッセイが随筆に比べて論文に近いニュアンスがあることです。そのことは、アメリカに渡って発展した「エッセイ」に如実に表れています。
アメリカでは、学校教育で「エッセイ」の書き方をしっかりと学びますが、これは日本でいうエッセイでもなければ、いわゆる作文でもありません。ここではエッセイは、自分の意見を発表するための文章で、日本の小論文に相当するものです。
同じエッセイでも、英米では小論文、そして日本では文学的な随筆に近いニュアンスで使われています。しかし、いずれにしても、「わかりやすく明快に書く」という文章の基本に違いがあるわけではありません。論理性を重んずるか、自分の体験や感性を重んずるかの違いが、展開法や表現に差を生むわけです。
解説文や説明文、新聞の投稿欄、コラムなどについて
解説文や説明文は、論理のつながりが重要だという意味では小論文に近い文章ですが、わかりやすい表現が最優先されます。わかりやすい文章は説得力につながりますから、仕事で企画書や提案書、報告書などを書く上でも有力な武器になるでしょう。
また、新聞などへの投稿は、自分の意見を述べるわけですから、やはり小論文の書き方が参考になります。ただし、自分の体験を述べる場合はエッセイに近づきます。
ちなみに、新聞の社説は小論文ですが、天声人語(朝日新聞)や編集手帳(読売新聞)は一種のエッセイといってよいでしょう。コラムも、文章の性質としては「短いエッセイ」とみなすことができます。 |
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