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HOME脳の使い方、鍛え方 >落ちこぼれから天才へ! エジソンとアインシュタインの超集中力

落ちこぼれから天才へ!
エジソンとアインシュタインの超集中力

 
 「天才」といえば多くの人が、エジソンやアインシュタインを思い浮かべるでしょう。両者には発明王と理論物理学者という違いがありますが、いわゆる秀才とは異なり、むしろ「問題児=落ちこぼれ」だったことが共通しています。この二人の偉業と比べれば、超一流と言われる大学を卒業した秀才たちでさえ凡人にすぎません。

 「子供時代は凡人、あるいはただの変わり者」という天才は意外に多く、かのウォルト・ディズニーや蒸気機関のワットなども、子供時代と業績のギャップが大きい例です。また、ラジウムの発見でノーベル賞に輝いたキューリー夫人は、複数の大学を首席で卒業した超秀才でしたが、それは数学や物理学の分野であって、化学に関しては素人同然だったと言います。こうした例は調べればぞろぞろと出てくるでしょう。

 さて、このページでは記憶術や脳科学を離れて、冒頭に掲げたエジソンとアインシュタインはどのようにうして天才になったのかについて、集中力という観点からまとめてみました。

美談が多すぎるエジソンの伝記
集中力と執着心が生んだ天才

 エジソンの伝記は、多くの方が子供時代に読んだことがあると思います。「天才」に関するエジソンの次の言葉はあまりに有名です。

   天才とは90%の努力と10%の発想のできることである。
   (「99%の汗と、1%の霊感」と記した本もあり、こちらの方が一般的か…?)

 昔の伝記によれば、エジソンは小学校時代に先生を質問攻めにして困らせ、先生に「低能児(=差別用語、現代では死語)」扱いをされた、とあります。そうした先生の態度に怒った母親は、3か月で小学校をやめさせてしまい、学校の先生の経験を生かして、自宅で読み書きを教えました。エジソンはその後、独学で勉強を続け、寸暇を惜しんで実験に没頭して、やがて大発明家になりました。…というのが伝記の大まかなストーリーです。

 しかし、実際のエジソンは学校ではいつもぼーっとしており、先生の言葉がまったく頭に入らない子でした。しかも、母親には先生の経験などなく、伝記はあまりに美談に仕立て上げられています。エジソンは、伝えられている以上に「落ちこぼれ」だったのです。

 人の話が頭に入らず、普通の子供が興味を持つことにも興味を持たない。こんなエジソンのすぐれた点は、抜群の集中力でした。さらに、貪欲な好奇心と並外れた執着心も、エジソンを天才に育てた要因だったようです。彼にとって研究は「努力」などというきれいごとではなく、異常なまでに心を奪われる対象でした。そして、その成功を支えたのは、執着心に支えられた「集中力の持続」だったのです。

退屈神父=アインシュタインの学校時代は不適応

 
 20世紀最大の天才といえば、アインシュタインを挙げる人が多いでしょう。特殊相対性理論を発表し、ニュートン以来不変とされていた時間や空間が絶対ではないことを示して、物理学をその根底から書き換えてしまった人です。

 しかし、天才中の天才ともいうべきアインシュタインの幼年時代に、その芽を見つけることはできません。彼は言葉が遅く、学校に上がってからも無口で、「退屈神父」とあだ名がつくほど考えるのに時間がかかりました。暗記は苦手で、数学とラテン語以外の成績はまるでダメな「落ちこぼれ」。おまけにかんしゃく持ちでした。中学校では不適応を起こし、とうとう16歳で学校を中退してしまいます。

 中学時代、彼はユダヤ人医学生から借りた科学入門書「市民の自然科学」を読みふけっていたといいます。アインシュタイン少年の理工学的才能を見抜いたのは、電気技師のヤコブおじさんでした。この人が幾何学や代数学を彼に教え、電機工場を見せたのです。

 こうして彼はスイス連邦工科大学に進みましたが、まだ天才の片鱗さえも見せることはありませんでした。卒業後は母校の助手に応募するも不合格。やむを得ず彼は特許庁に就職したのです。この特許庁での職務が、アインシュタインの非凡な発想力を育てたと言われます。

 ところで、アインシュタインの脳はさぞ重たかっただろうと思いきや、一般の人よりも少し軽く、思索に必要な大脳皮質も薄かったことが分かっています。また、近年の研究では注意欠陥多動障害(ADHD)の傾向があったとされています。ADHDの子供は、関心のあることには抜群の集中力で能力を発揮します。秀才とはほど遠い彼が、世紀の大理論を打ち立てることができた理由はそこにあります。夢想家で常識にとらわれない心を持っていたことも、彼を天才にした大きな要因の一つでしょう。

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